あじさい

こんにちは。
システム課の淺野です。

6月も上旬が過ぎ、あちこちで紫陽花が色づいてくる時期となりました。
河内長野市のお隣、橋本市では第9回あじさい祭りが開催されます。
日時:6月19日(日) 午前9時より (※雨天決行)

第9回あじさいまつり

主催:中将姫旧跡保存委員会
後援:恋野地区公民館・橋本市観光協会
お問い合わせ先:恋野地区公民館、TEL:0736-33-2458(月曜休館)

恋野地区の恋野という地名が前から気になってたので少し調べてみました。

奈良時代、時の権力者である藤原豊成の娘に生まれ、5歳のときに母親を病気で失い、継母の照世の前は美貌と才能に恵まれた姫の存在をうとましく思い、家臣に殺すように命じた。姫が無心に祈り、写経する姿を見た家臣は姫を殺すことができずに、妻とともに姫を守る決意をする。姫は仏に仕え、奈良の都や亡き母を恋し続けた。偲んで「母恋し 恋しの野辺や・・・」と詠い、橋本市恋野地区の地名は、ここから生まれたと伝えられている。雲雀山の雲雀の習性は自分の巣に直接おりることをしないで、離れた所におりてから巣に戻るという。まわりに用心しながら、かくれ住んだ様子がうかがわれるそうです。

橋本市には姫の命を守るために「昨年に姫は亡くなった」と報告した「去年川」、この川に姫が架けたとされる「糸の懸橋」があります。姫が身を潜めたと言われる洞窟、「中将倉」もあり、逸話も伝えられています。それは姫の父親である豊成が、藤原氏の狩場になっていたこの里へ狩りに来たことがきっかけです。
山道で迷った豊成は、この洞窟(倉)で読誦しているやせ細った姫と出会いました。最初は親子であることに気づかなかった二人ですが、やがて娘の目が涙でかすみ「お父様」と豊成の懐へ。思いもかけない再会に、豊成も涙に泣き濡れたと伝えられています。


後に都へ戻された中将姫は、26歳で長谷観音のお告げにより、仏行に励んで徳によって仏の助力を得て、一夜で蓮糸で当麻曼荼羅(観無量寿経の曼荼羅)を織ったとされている。
宝亀6年(775年)春、29歳で入滅。阿弥陀如来を始めとする二十五菩薩が来迎され、生きたまま西方極楽浄土へ向かったとされる。

この中将姫伝説は各地に伝えられていて、漢方薬のツムラのロゴが中将姫だそうです。
中将姫

美貌と英知あるお姫様でありながら、継母に命を狙われての隠居生活、そして都に帰ってはひたすら仏に仕えて入滅した中将姫。その悲恋は男女の恋ではなく、母上と都に恋する想いだったのですねウィンク

最後までお読み頂き、ありがとうございます。
各記事の下部にコメントを入力し、投稿できるようにしています。
ご不明な点のご質問、またはご意見、間違いのご指摘、応援メッセージなどございましたら、お気軽にコメント投稿してください。
匿名でのコメント投稿が可能です。
※投稿されたコメントは本文記事と同様に誰もが見ることができます。投稿されたコメントはコンテンツの一部となる為、公共良俗に反する内容などは書き込まないでください。公共良俗に反するコメントの承認は致しません。
コメントしてみる

只今、一戸建住宅(業者)人気ランキング1位でランキング中です!
押していただけると大変、励みになります!!
にほんブログ村 住まいブログ 一戸建住宅(業者)へ
にほんブログ村
にほんブログ村 地域生活(街) 関西ブログ 河内長野情報へ
にほんブログ村

南大阪エリア・大阪府河内長野市の地域情報ポータルサイト。
観光、イベント、お勧めスポットやお店情報など
河内長野おでかけ情報
河内長野おでかけ情報

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

おすすめの記事